寄り添う優しさ

中学2年生になれば、高校受験を視野に入れ、勉強に本格的に取り組む時期がやってきた。そんな時、家庭教師の先生に教えてもらうことになった。通常は家に来て教えてもらうものだが、先生の家に毎週1回通って教えてもらうことになった。

はじめて母親に連れられて家庭教師の先生に会った時、芸能人みたいに綺麗なお姉さんでびっくりして、その時から私の憧れのお姉さんになっていた。先生は学校の先生の娘で、大学3年生だった。週に1回通って、勉強でわからないことがないくらい、丁寧にわかりやすく教えてくれた。憧れの先生に教えてもらっていることから、勉強にも熱は入り、真剣に取り組んで成績も伸びた。勉強が終わると、私には甘いミルクたっぷりコーヒーを出してくれて、先生はブラックコーヒーを大人の雰囲気を漂わせながら飲んでいた。ある日、憧れのお姉さんのようにブラックコーヒーを飲んでみたくなって、ブラックコーヒーを家で作って飲んでみた。苦い!苦すぎて頭が痛くなってきた。気分は大人だったが、味覚は子供のままだった。

学校は制服があって不自由はなかったが、私服は少なかったため、母に「服が欲しい。」と言ってみたが、「すぐに大きくなって着られなくなるから。」と。確かに中学1年までは、クラスで1番背が小さくて、体育の授業で“前にならえ”で、前はいなかったが、中学3年生では、後ろから3番目になっていたほど、身長はよく伸びていた。成長に合わせて洋服を買ってもらうことも多少はあったが、毎回ほとんど同じような服を着て通っていた。先生もいつも同じ服なことから、服が欲しいなどとは取り立てて思うこともなく、勉強に励んでいた。

学校帰りのある日、駅で先生とばったり会ったその時は、ディオールのモノグラムのバッグを手に、シフォンのスカートと、高いヒールを履いていた。

部屋着と通学時の服装は、違って当然だが、1年半近く私に合わせて、いつも同じトレーナーやTシャツを着ていたのは、優しさ以外の何ものでもなかったことを、駅で偶然会った最初の瞬間に、先生の見られたくなかったという表情から悟ることができた。本当は、いつも素敵な洋服を着こなしているお姉さんだったことを知り、優しい気持ちに気づいた瞬間でもあった。駅で別れて、家に帰る道を歩きながら、先生の優しさが嬉しくて、自然に涙が出てきた記憶がある。相手に寄りそう優しさを学んだ瞬間でもあった。

それからも、以前と変わらず勉強を教えてもらっていた。前のようにブラックコーヒーを飲むことを真似するのではなく、内面を磨いて優しい大人の女性になりたいと思った。勉強が終わった後、いつもの甘いミルクコーヒーを飲みながら、日常の出来事を中心にたくさん話をした。学校で必要な勉強ではなく、今現在にも活かされる相手への配慮や思いやり、自分自身を愛すること、同じように人を愛することなど、「いい女」になれる心の在り方を学べた大切な時間でもあった。

その後目標の高校に進学し、大学生になった頃、私の手にはディオールのモノグラムバッグと高いヒールを履いて、手にはブラックコーヒーを持っていたことは、言うまでもないことかもしれない。(笑)
ただ、このバッグのために勉強することよりも、アルバイトに励んでしまったことも伝えておきたい。

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人は人との関わりの中で学び成長していくものだと、日々痛感しています。

ここまで、読んでいただきましてありがとうございました。

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