山あり谷ありレスキューあり!

コロナ感染拡大の影響が出る前は、出張に行くことも多かった。今回の九州出張はさぶと2人だ。PM6頃仕事を終え、出張先から自宅に帰宅だ。夕方から雪が降るという情報も入っていたし、明日は仕事の予定もしっかり入っていることから、急いで高速道路のICに向かったが遅かった。大雪警報発令のため高速道路は閉鎖された。他のルートを探したが、有料道路はすべて通行止めになっていた。

下道のルートの中の一般道は、山を越えるルートしか残されていなかった。まだ、雪もちらちら舞うぐらいだったため、「今のうちに早く山を越えよう」ということになり、一般道を走りだした。いよいよ山道だ。山道に入る手前になんとコンビニがあるではないか。高速道路に向かうため、長い道のりをノンストップで走ってきて、ようやく待ちに待ったコンビニだった。外の気温は氷点下だ。コンビニを見た途端、温かいお飲み物のほっくり構図が頭をよぎったと同時に、「コンビニ寄りたい!」というと、「山道を早く越さないと雪が降ってくるから、コンビニは山道を越してから」ときっぱり言われ、それでもしつこく「コンビニ寄りたい!と連呼しても、結局コンビニは斜め後方に。『さよなら。コンビニ!』

ちらちらの雪は次第に大粒の雪に変わり、すぐに嵐のような雪に変わってきた。大粒の雪が降ってきて、ものの10分であっという間に雪が10センチくらいはみるみる積りだした。フロントガラス越しの視界は、ただ真っ白で全く前が見えない状態だ。雪の少ない地域に住んでいるため、初めての大雪の中での車の走行だ。ワイパーを“HI”に切り替えても、ヘッドライトが雪に反射され、ぜんぜん前が見えない。かろうじて前の車のテールランプが、かすかに見えるくらいの視界だ。かなり危険だ!

『雪国の人たちは、視界が雪の白さで遮られている中で、どうやって雪の中を走行するのだろう。その走行方法を教えてほしい。』と思いながら、車はゆっくり走行していた。すでに山道に入ってしまった。ゆるやかな登り坂だ。「いったん止まれば、車は二度と動かなくなる」とさぶが言いながら、ノーマルタイヤの私たちは、山道を前の車に着いてゆっくり走行していた。しばらくすると、前の車のブレーキランプが光った途端、前の車は停止してしまった。私たちの車もブレーキを踏まなければぶつかる。ブレーキを踏んだ。踏まずにどうにか対処できないものかという考えがよぎったが、結局、ブレーキを踏んだ。その後アクセルを踏んでも、スリップするだけで車は動かない。後ろの車もその後ろの車も、次々に10台くらいの車が次から次に止まった。上り坂で立ち往生だ。

仕方なく外に出てみた。耳が切れるかと思うほど外気は冷たく、大雪が絶え間なく降っていて凍えた。道路脇は急斜面でガードレールも浅い場所で、ガードレール越しの下を見れば崖だった。『怖すぎる。』深い雪にもかかわらず地面は滑りやすかった。さぶは雪の中、動かなくなった車を後ろから押すという。私は運転席に乗り、ハンドル操作をすることになった。運転席に乗り込んでバックミラー越しにその様子を見ていたら、急に“ゴン”という鈍い音と振動が車に伝わってきた。今までバックミラーに写っていたさぶの人影が見えなくなっていた。車の後方から車をおもいっきり押して、凍った地面に足を捕られて滑り、その勢いづいた力で、顔面がまともに車にぶつかり、車の後ろで雪にまみれながら倒れていた。服は雪でびしょびしょに濡れて、顔面が痛そうで、もう可哀想すぎて、かける言葉が見つからなかった。しばらくすると強打したところの片目の周りから額にかけて、ひどく青たんになるという悲劇が待ち受けていた。

その後しばらくして、誰が呼んでくれたのかレスキュー隊が来た。ニュースの実況中継車もレスキュー車と一緒に来ていた。インタビュアーが、私たちに向けてコメントを取り始めている様子を見たその瞬間、”遭難”文字が頭に浮かび、車の後部座席に乗り込んだ。そして、車を外からコンコンとたたく音が聞こえた。『さっきのインタビューの人だよね。』って思ったら、急に体が重たくなってきた。重たい体で、車から出るとレスキュー隊だった!「車を方向転換させます。他の車に移ってください。ノーマルタイヤでこんな道に入ったら危ないですよ。スタットレスでも危ないのに。下の方で大型トラックが道をふさいているため、通行できなくなっています。トラックの移動に相当時間がかかります。」と言われ他の車に誘導された。

5年ほど前に、知り合いの年輩の男性が“人生にはまさかの坂がある”と言っていた言葉が思い返された。実際にその言葉通り!まさかの坂に遭遇してしまった。実際の意味は違うのだろうが、状況は、その時の言葉通りの展開だった。時すでに真夜中の時間となっていた。

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あの山に入る前のコンビニに“さよなら”をしなければ、コンビニに寄ってさえいれば。10分の休憩できっと遭難は免れたに違いない。その時コンビニに寄らなかったことが、もう1つの悲劇を生んでしまっていたのだ。遭難から約6時間。トイレを我慢すること約6時間。もうすでに私の膀胱は限界を向かえていたのだ。親切なレスキュー隊員によって、その遭難前に寄りたかったコンビニにつれて行ってもらい、かろうじて大切な膀胱を守ることができた。コンビニに連れて行ってもらう途中、トラックは道を横にふさぎ、他のトラックもあっち向いたり、こっち向いていたり、乗用車もワゴンもスリップの跡が伺えた。その後、一般道に車が移動され無事、事無きを得ることができた。レスキュー隊の皆様にも感謝だ。
その後、24時間営業のファミリーレストランを見つけ、遅い夕食を取りながら、今夜は自宅に帰れない。近くの宿泊を探したが、どこも雪の影響で満室となっていた。その場所は田舎の中の田舎だった。ネットカフェや健康ランドなど、どこにもない!夕食を食べながら、温かい飲み物を飲み。お代わりしながらまた飲み。温かい飲み物をセルフで飲ませてくれて、店の暖房で、冷えきった体を芯から温めてくれるその店に心から感謝した。“温かい”
結局、20キロほど先のビジネスホテルの空室が見つかり、夜中の3時頃にチェックインさせてもらえた。こんな真夜中に泊めてくださるビジネスホテルにも感謝した。

もうしばらくすると、スタッドレスタイヤに履き替えるシーズンが到来です。早めのご準備をお勧めします。

ここまで、読んでくださいましてありがとうございます。

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